
オックスフォード郊外の一本道を抜けると、突然「ビスタービレッジ」という別世界に出くわす。何もない田舎道の風景の中に突如として現れるこのアウトレットは、どこか不思議な存在感を放っている。ここにアウトレットを作るなんて、誰が思いついたのだろう。地図の上ではぽつんと浮かぶその地に、週末になると人々が押し寄せる。それは、モルモットが迷路のチーズを求めて走る姿にどこか似ている。
朝9時の開店に合わせて、駐車場はすでに満杯。追加の第2、第3駐車場に車を移すための列が続く。車のエンジン音、どこか落ち着かない空気、ショッピングバッグを提げた人々。そこには「ブランド」という魔法がかかっていた。
魔法にかかる買い物客たち
有名ブランドの商品が70%オフ。それを聞いただけで、人々の目には何かしらの輝きが宿るようだ。普段は考えもしない値札の高いバッグや靴、服。それらが「割引」という魔法の言葉によって現実味を帯び、いつの間にか手の中に収まっている。しかし、その割引後の値段が、まだ普通の感覚では目が回るような額だという事実を、彼らはどこか都合よく忘れる。
サンドイッチひとつが5〜6ポンド、日本円で約1000円。それだけでも驚くべき金額だが、ここではサンドイッチの値段すら相対的に安く感じられる。なぜなら、100万円のバッグが30万円になっている世界の中では、1000円のランチはささやかな出費に過ぎないからだ。値段の感覚が狂っていく様を見ていると、どこかシュールな劇場を観ている気分になる。
車中のバナナと紅茶
私は駐車場に停めた車の中から、こうした人々の動きをぼんやり眺めていた。手にはバナナと紅茶の入ったマグカップ。決して派手ではないが、これも私にとっての小さな幸せだ。ショッピング袋を抱え、車に荷物を詰め込んでは再び店内へと戻っていく人々。次々と駐車場にやってくる車。彼らがどれほどの「満足感」を得られているのかは分からないが、その熱気だけは確かに感じ取れた。
不景気の中の別世界
不景気と言われるイギリスだが、ここに集まる人々にはそんな気配は微塵も感じられない。彼らは余裕のある人々なのだろうか。それとも、この日だけは無理をしてでも非日常を楽しみたいという思いがあるのだろうか。いずれにせよ、ここビスタービレッジは、現実から一歩離れた空間であることに変わりはない。
私自身は買い物をする気になれなかった。ただ、車の中で紅茶を飲みながら、通り過ぎていくショッピングバッグと、それを抱えた人々の表情を眺める。それだけで、十分にこの場所の「魔法」に触れることができたのだ。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から792日目を迎えた。(リンク⇨791日目の記事)』
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