
北ロンドンにあるノーザンラインのブレントクロス駅。私は木曜日の午前8時ごろ、その駅構内にあるベンチに座って、30分ほど人の流れを観察していた。普段はあまり意識しないことだが、朝のラッシュアワーに浮かび上がる光景には、都市の現実がいろいろと詰まっている。
例えば、この30分間で、私は4人もの無賃乗車を試みる人たちを目撃した。今のロンドンでは、自動改札と自動券売機が当たり前の光景だ。駅員が改札口に立っていることなどほとんどない。幅70センチほどの自動改札を、タッチ決済で通り抜けるのが普通の手順である。両開きの扉は腰くらいの高さにあり、切符を持っていない者がこれを飛び越えるのは、技術的にかなり難しい。
だが、無賃乗車をする人たちは、そんなハードルを簡単に超えていく。その横には、車椅子や大きな荷物を持った乗客のために作られた広めの自動改札がある。この扉も両開きで高さは同じく腰のあたりまで。だが、ここには一つの弱点がある。テコの原理を使えば、真ん中を少し強く押すだけで、扉がほんの少し開く。その隙間を利用して、一人分のスペースをすり抜けることができるのだ。
私は、そんな光景を間近で見た。扉を押すと、警報が鳴る。だが、その音は高音で、しかも驚くほど控えめなボリュームだ。周囲に警戒されることもない。常習者らしき人々は、その警報に動じることなく、颯爽と駅のホームへと歩いていく。
こうした光景を見ると、ロンドンの物価上昇や移民問題が頭に浮かぶ。生活が厳しくなるにつれて、街の治安は悪化し、こうした「抜け道」を利用する人々が増えているように思える。彼らの背景には、都市が抱える見えないひずみがあるのだろう。
今朝の観察は、そんなロンドンの一瞬を垣間見るものだった。この街には無数の物語が交差している。その一つ一つが、誰かにとっての「日常」であり、私たちが見落としがちな都市のリアルな表情なのだ。
文:はる『ロンドンでの失職、生き残りを綴ったブログ。小学生と中学生の子供を持つアラフィフサラリーマンが、ロンドンで長年働いた会社からいきなり(当日)の解雇通告を受け、その瞬間からオフィスにも戻れず退職。フリーランスで僅かな食費を稼ぐも、その後の就職活動が難航中。転身開始から703日目を迎えた。(リンク⇨702日目の記事)』
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