「海外駐在」の価値が揺らぐ時代に
- haruukjp
- May 9
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かつて「海外で働くこと」は、多くの日本人にとって憧れだった。とりわけロンドンやニューヨークのような国際都市での駐在は、エリートの証であり、昇進への近道とさえ考えられてきた。しかし今、その価値観は大きく変わりつつある。
現在ロンドンには約39,000人の日本人が在住しているとされ、その多くが企業の駐在員やその家族だ。アクトンやイーリングなど、日本人コミュニティが形成された地域では、日本人学校や補習校も整備されており、一定の「日本的な生活」を保ちながら暮らすことができる。とはいえ、その裏には意外と知られていない「駐在員の葛藤」も存在する。
先日、ロンドンで働くある日本企業の駐在員と話す機会があった。彼はこう語ってくれた。
「会社からは任期を明確に知らされておらず、いつ帰国になるか分からないんです。子どもの進学や住宅の契約、将来のキャリアプランすら見通せず、本当に困っています。」
これは決して珍しい話ではない。企業側は“フレキシブルな人材配置”の名の下に、駐在員の任期や帰任時期を曖昧にする傾向がある。だがその曖昧さが、現地にいる本人や家族の生活に大きな影響を与えているのだ。
一方で、日本国内の若者たちの意識も大きく変わってきている。リモートワークの普及により、「海外に行かなくても国際的な仕事ができる」時代になった。ZoomやTeamsを使えば、世界中のクライアントと即座に会話ができるし、AI翻訳の精度も飛躍的に向上している。以前なら語学力を武器にしていた人も、今ではテクノロジーの力に頼れるようになった。
その結果、「わざわざ言葉の壁や文化の違いに苦労しながら海外で暮らしたい」と考える若者が減ってきている。むしろ、都心に住むことすら避け、地方で自然に囲まれて暮らしながらフルリモートで働くという生き方を選ぶ人が増えているのだ。そんな彼らにとって、海外駐在は「自己成長のチャンス」ではなく「負担の大きい転勤」に見える。
もちろん、海外での生活には得がたい経験がある。多様な文化の中で働くことは視野を広げ、人間としての成長を促してくれる。ロンドンのような多国籍都市では、仕事だけでなく日々の生活そのものが刺激に満ちている。言葉に不自由しながらも、異文化の中で家族とともに生きていく経験は、かけがえのない財産になる。
ただ、それを“望んでいない人”に押し付けてしまえば、かえって逆効果だ。企業としても「海外に人を送ること」そのものが目的化してしまいがちだが、今後は、個人のキャリアビジョンやライフスタイルにもっと寄り添った人事戦略が求められるだろう。
日本社会は今、「働く場所」も「働き方」も大きく問い直されている時代にある。海外で働くことの価値も、かつてのような“ブランド”ではなく、個人の意思と状況に応じた“選択肢”の一つとして再定義されるべきなのかもしれない。
その上で、駐在員制度も再設計が必要だ。任期の透明性、家族支援の充実、キャリアパスとの整合性。こうした課題に真剣に向き合うことで、海外駐在は再び、誰かにとって魅力ある「挑戦の場」になるのではないだろうか。
文:はる『ロンドン発・アラフィフ父のリスタートライフ』
ロンドン在住、アラフィフ世代の父が綴る、暮らしと学びと再構築の日々。海外での子育て、キャリアの再設計、日常に潜む哲学的な気づき――ただ前を向いて、自分らしい「これから」を丁寧に築くためのライフログです。
家族との暮らしを大切にしながら、自分自身の軸も柔軟にアップデートしていく。その過程で見えてきた気づきや工夫を、同じように変化の中にいる誰かに届けられたらと思っています。ロンドンの空の下から発信中。
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