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20年前の東ヨーロッパの町と比べると



とある東ヨーロッパの町へ来てみると、そこには吹き抜けになっている高い屋根の下に、商店市場ができていて、その市場の名前はニューマンハッタンと名付けられていた。


世界一、人が活発に動いている街、アメリカニューヨークのマンハッタンをイメージして名付けたのだろうが、あまりにも比較にならないほど規模の違いに、逆にマンハッタンと呼びたいなら呼んでいいよと、アメリカ側からも寛大な答えが返ってきそうなぐらい小さな町にそびえ立つ商店市場となっていた。


私が20年前、2000年当初の頃、この場所に来たときは、屋台が並んでいて人々が自由に売りたいものを売っていた。自分で森に行って摂ってきたキノコやら、手作りで作ったマフラーなど、なんとか生活をするために人々は街に来て屋台店を構え生計を立てていた。


そこには1960ー70年代の社会主義の物のない時代を経験した人たちがお店に立っていた。彼らの若い時代にはバターを買うのに行列ができて、一家族一つしか買えないので、ある家族は親と子で並び家族ではないふりをして列に並んだ。


中には小さい子が並ばされ、心配になって列の前の方に並ぶお母さんを呼ぶと母親は「呼ぶんじゃないよ!家族ってバレたらバター2個はもらえないんだよ!」と叱ってきたそうだ。


肉類は200gまでと書かれた政府発行の許可証が各家に配られ、それがないと店に行っても肉を買えなかった。それで足らない部分は鶏を育ててその肉を自分の家で食べた。


そんな時代を過ごした年代の人たちは、ニューマンハッタンのビジネスからは消えていた。


そこには1990年以降に生まれた資本主義社会だけを経験してそうな若い人たちが、綺麗になった市場の場所代を払い、お店の片隅には事務所のような一室が設けられ、ビジネスの戦略を練って、活発に働いていた。


一方で、昔から屋台に店を出していたが、場所代が高くて払えない店主たちは、ニューマンハッタンの駐車場の一角を使って、合法なのか、違法なのかはわからないが、その場所に店を出して生き残ろうとしていた。


今、東ヨーロッパで起きているのは大きな世代交代だ。社会主義と資本主義の違った世代の人間が、総入れ替えが起きており、地元の商店街に来るとその様子がよくわかる。


私は20年前の少し荒れた感じの屋台市場が好きだった。


〜はる〜


(終)


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