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昔良き時代を語る元金融業者

Updated: Sep 6




ロンドンは金融街なので住んでいるとよく金融界で働く人に出会う。


先日も娘の習い事で一緒になったお父さんと話す機会があった。彼は昔、外国為替のブローカーだったそうだ。2000年より前の為替のブローカーといえば、受話器を両手に握ってタバコの煙が蔓延する部屋の中で、大きなテーブルを囲んで、他のブローカーたちと怒鳴り合っていた。


彼の仕事は「リンク」と呼ばれるつなぎ役。ロンドンのデスクで叫んでいるブローカーたちの声を聞き取り、自分の受話器からニューヨーク、シンガポール、東京のデスクへと、ロンドンブローカーマーケットの状況を正確かつ迅速に声で伝える。


そんな彼は1980年代初頭から2000年になる前まで外国為替ブローカーとして活躍したそうだ。


その時代は世界的に金融ブローカー業界が盛んで、ブローカーの給料は医者や弁護士などを抜いて断然に高額な金額を受け取っていた。


ブローカーの仕事はお客様との信頼関係を築くこと。複雑な金融知識は必要としなかった。とにかく朝6時台に会社に行ってアジアのマーケットを把握してお客様との取引をこなし、お昼が近づくと、お客と一緒にランチへ行く。ランチでは1リットルのビールを飲み、午後は仕事に2時ごろ戻ってきて、それからはほとんど何もしない。


しかし、このお酒の付き合いが月曜日から金曜日までほぼ毎日あるので、体力がないとブローカーの仕事はできない。


その後、電子取引が始まり2000年代からブローカー業界は衰退していく。


このお父さんは今は自営業の庭師になっているが、庭師といっても庭の掃除、芝刈りといった仕事だ。彼の昔と比べると全く違った業種で今は生計を立てている。


昔儲けたお金は全て、毎年のオーストラリア旅行や外食で使ってしまったそうだ。


正直なところ、もう少しお金を貯金しておけばよかったと語っていたが、若い頃にいろいろな経験ができたのはよかったとも言っていた。


バブルな時代を経験できたのはそれはそれでよかったのではないか?今は小さなお子さんがいて子育てに一生懸命にも見える。いろいろな経験をした人は物事をいろいろな角度から見ることができるから、彼も第2の人生を楽しんでいるのだろう。


〜はる〜


(終)


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